第3章 4月
ごちそうさま!と夢芽ちゃんが手を合わせると、俺の分の食器もキッチンへ下げた。
その食器たちを水につけながら、ポツリと彼女は言った。
「ゆうきさんのこと、何も知らなくてごめんなさい。」
「え?」
「だって、こんなにすごい人なのに。私、何にも知らなかった…」
まさか謝られるとは思わなかった。
俺は立ち上がり、キッチンへと向かいながら言った。
「何言ってるの、そんなこと気にしないの。表に出る仕事じゃないし、知らなくてもとーぜん!」
でも…と言う夢芽ちゃんの頭に、ぽん、と手をのせる。
「お皿は俺が洗っておくから、ゆっくりお風呂入っておいでよ。」
「そんな、悪いです!」
そう言う夢芽ちゃんを、まあまあ、と促しお風呂場へ送った。
キッチンへ戻り、スポンジに洗剤を含ませる。
…夢芽ちゃんはいい子だ。
俺に気を使ってなかなか言い出せなかったのだろう。
彼女は俺のことを知らなくてごめんと言ったけれど、むしろ知らないでいてくれて本当に良かったと思う。
もし知っている子だったなら、こんなに普通の生活は送れていなかっただろう。
それに、俺が声優だと分かった今も、何一つ態度を変えず接してくれている。
たったそれだけのことが、素直にうれしいと思った。