第5章 つらくて、よかった
「あ、いや、よかったというのは、有がつらくてよかったという意味じゃないぞ」
「ふうん…、じゃあ、どういう意味なのかなあ?私、秋也くんほど頭よくないから、わかるように言ってほしいなあ。秋也くんって、いつも話が雑だよね。前から思ってたけど」
もはやイヤミも全く抑えられなくなってきた。
「よかったのは…。よかったのは、有が、つらいってちゃんと言ってくれたことだ…」
秋也は目の前の湯のみをそっと握りしめた。
「有はいつでも、誰の前でも、笑っているだろう?オレはそんな有のことを、凄くいいヤツだと思って尊敬していた。
でも、有だって人間なんだから、笑いたくない時だってあるはずなんだ。怒りたい時、泣きたい時があるはずなんだ。そうだろう?
…オレは恋人として、そんな有を支えてやろう、と思ったんだ。
でも有は、オレの前でもずっと笑ってた。何でも我慢して、1人でやろうとしてるのが、何となくわかったよ。もっとオレを頼ってくれればいいのにって、そう思ってたし、何度も有にそう言ったつもりだ。
でも…有はオレを頼ってくれなかったな。絶対オレに本音を話してくれなかった。多分オレが悪いんだろう、オレが頼りないんだろう。有のためにオレも変わりたかった…。
でも、オレもバカだからな、言われないと、わからなかったんだよ、オレのどこが悪くて、どこを直したらいいのか。ずっと…ずっと有がそれを言ってくれるのを、待っていた」
秋也はズッと鼻をすすった。目は少し潤んでいるようだ。しかしゆるやかに口角を上げていた。
「昨日…笑ったのは。まあ、気まずくてどうしたらいいか分からなかったというのもあるんだがな、なんだか嬉しかったんだよ。有の素の顔というか、知らなかった一面を知ることができて。もっと有と距離を縮められると思った。と言ってもまあ、有からしたら恥ずかしいだろうから、笑い話にしてしまおうと思ったんだ。2人で笑い合えたら、きっと大丈夫だ、そう思ったんだ。オレは、そう思ったんだ…」