第5章 つらくて、よかった
ひきつる喉をおさえるように、お茶をグビリと飲み干し、話し続ける。
「でも…そう思ってたのは、オレだけだったみたいだな。オレはどうも昔から、他人の気持ちを考えるというのが下手なんだ。すまん。本当に、有を傷つけるつもりはなかった」
秋也は再び頭を下げた。たっぷり5秒は下げていたかもしれない。そうして顔を上げると、有の方を見た。
有は呆然とした顔で、秋也を見つめていた。
「私の、こと…。気づいて…」
有の脳内を、グルグルと考えが巡っていた。
気づかれていた。自分が誰にも心を許していなかったことを。恋人にすら笑顔の仮面で付き合っていたことを。
そしてそれをわかった上で、彼はずっと”恋人演技”に付き合っていてくれたのだ。
秋也は眉根にシワを寄せ、有の側までにじり寄ると、彼女の肩を掴んだ。
「有…、オレはちゃんと有の恋人になりたいんだ。有の本音が聞きたい。オレのどこが不満なのか、有はどうして欲しいのか。何が好きで、何が嫌いなのか。有の考えを全部教えて欲しい」
シンと静かな部屋に、秋也の声はよく通った。
ダメだ。
流されちゃダメだ。
有は考えた。
今までどれだけの時間と労力を費やして自分を作り上げてきたと思っているの。今さら本当のことなんて吐けるわけがない。
あなたが頭がよくて出世しそうだから付き合いましたって言うの?
でも信用はしてないから本音は隠してましたって言うの?
私は計算高くて狡猾で、自分の保身のためにいい子のフリをしてるだけの女ですって言うの?
言えるわけが、言えるわけがない。
有は口をつぐみ、うつむいた。
黙りこくる彼女を寂しそうな目で見つめ、秋也は言った。
「有、お前は多分、オレのこと、好きじゃないんだよな…」