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ダーリン私に触れないで

第2章 筆記用具



「っはぁ〜、疲れた〜」

 部屋に帰り着いた有は、冷蔵庫からウーロン茶を取り出すと、グビグビ飲みながら座椅子に腰掛けた。

 スマホを操作し、今日食べた食事のカロリー計算を始める。結局豆腐サラダの他にうどんを食べた。

「ホントに、秋也くんってば能天気で困るよ。私が去年より2kg太ったの誰のせいかわかってる?そのくせ『人から何か言われても気にするな』〜だなんて。そりゃ秋也くんはいいよね、顔いいし、頭いいし、強いし、秋也くんに何か言う人なんか、いないに決まってるでしょ。でもね、私はそうじゃないの。かわいくない、スタイルよくない、頭よくない、必死こいて努力しないとダメ!すぐバカにされる!気にするに決まってるでしょ!この!このわからず屋ぁ!!」
 スマホをクッションに思い切り叩き付けると、ぼすんと鈍い音がした。

 はぁ、とため息をつく。
 まったく今日も疲れた。自分で決めた生き方とはいえ窮屈だ。


 有の周囲にいる大半の人間は、彼女がいつもニコニコと笑顔をたやさず、人付き合いがよく、優しく、気のつく人間であると思っている。
 それは、有がそう思ってもらえるように振る舞ってきたからだ。
 
 誰にも明かさない心の底は、ガチガチのコンプレックスでひねくれていた。

 悲しいことに自分は特別可愛いわけでも、頭がよいわけでもない。
 だから、普通に生きていたんじゃ落ちこぼれてしまう。低賃金重労働に身体をすり減らし、婚期も逃し、他人から見下される人生になってしまう。
 でもそんなのはイヤだ。みじめなのはイヤだ。勝ち組になりたい。
 それにはどうしたらいい?

 とにかく愛想、人付き合い、それを頑張るしかない。それが有の出した結論だった。

 いい学生、いい友達、いい恋人であること。いずれはどこかの会社のいい社員、そしていい奥さん、いい母親になること。
 ソツなく、落ち度なく。負け犬はイヤ。

 それが有の人生の目標だった。そのための努力も欠かしていないつもりだった。
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