第4章 笹色(ささいろ)
竿を持つ視線の先で、毛ばりが浮かぶ水面が一瞬ぶわっと波たったかと思えば、風で笹がざわざわ騒ぎたつ。
その音がやけに耳につき、何気にろきのいるであろう場所を振り返ると、笹藪に頭を突っ込むように、小さく身を丸めしゃがみこみ、えづく姿が目に入った。
「ろき!」
竿を放り出し飛び上がる程猛烈な声で叫ぶと、脱兎の如く駆け寄った。
「おいッッ! ろき!」
「……っけほっ……ヤだ
……見ないで……汚いから……向こう行ってて」
「バカかっっ! ほっとけるわけねえだろ!」
「……大丈夫だから。たぶんつわり」
「つわり?」
「赤ちゃんできると……体が……
うえっ……
……こうなる。
だから……大丈夫」
「おい!
道三のとこに、いくぞ」
「いや!」
「はあああ?
またか! またお前はいやいやか!」
「だってせっかく連れてきて貰ったのに……
幸村……お願い。
明日からちゃんと幸村の言うことちゃんと聞く!
……でも、今日だけは」
「……もしかして、この前のやつもそうなのか?」
「……たぶん……うぇっうっ」
えづく背中を、いたわるように両手でさすり続ける幸村を肩越しに振り向けば、
痛々しい程複雑な表情に私の心は締め付けられる。
「大丈夫」
「なにが大丈夫なんだよ……
大丈夫大丈夫うるせえよ……」
「安定期になれば自然とおさまると思うから…」
「安定期ってなんだよ?」
「不快な症状がなくなる時期」
「……いつだ」
「たぶん……睦月ぐらいかな」
「そんなに先なのか……」