第4章 笹色(ささいろ)
口元に穏やかな笑みを浮かべた幸村は、作ったこぶしで私の頬をちょんちょんと二回くすぐる。
興奮する私を背に竿を右肩に乗せ湖岸に向かうと、弧を描くよう力強くしなやかな動作で水面に毛ばりを投げ込んだ。
目の前のゆらゆら揺れるたき火の炎は陽炎のように立ち上り、その先で竿を斜めに構える幸村の背中がとても遠くに感じる。
形を成さない黒々とした変動の波にさらわれていくような、視界がグニャリ歪むような、なんとも言えない感覚に心が騒ぎだし、心臓の音がばくばくと嫌な音を立てる。
みぞおちの違和感にも不安になり撫でるよう両手で擦った。
ーー何これ、気持ち悪い……
「おしっっっ! きた!!!」
耳の奥に直接響いたその声にハッと我に返れば、
視線の先で、跳ね上がるように振動する竿先を器用にさばきながら、釣り糸を手繰り寄せる幸村がいた。
「ろき! びく取ってくれッッ!」
「え? びく??? びくって何?」
急に声をかけられたのと、【びく】が何かわからずおろおろする私に、興奮しているのか舌がもつれる程の早口で幸村は叫ぶ。
「後ろに竹籠あんだろ! それだそれ!!!」
「う、うんッ!」
幸村が釣り上げたのは30センチ程ある立派なヤマメだった。