第4章 笹色(ささいろ)
春日山城に自生する燃えるような紅葉のトンネルの奥。
笹の葉がさやさや梢(こずえ)で音を立てる小道を抜けると、空の色を映しているように真っ青な湖が悠々と広がっていた。
雄大な美しい景色に思わず身を乗り出すと、私は感嘆の声を上げる。
「海!?」
「いけ…」
「湖!?」
「いーーーけ!」
私の気持ちとは裏腹に幸村は至って冷静に【池】だと言い張る。
(……これ、池レベルじゃないよ………)
「結構釣れんだぜ? ここ……佐助にも教えてねえしな。
とりあえず、座っとけ」
テキパキとたき火の為の石を積みながら、顎をしゃくり促した先には、二人で座っても余るぐらい大きく平たい岩がどっしりと構えている。
言われるまま素直に腰をおろし、改めて周りをぐるり見回した。
対岸には赤く染まった葉が重そうに生い茂り、
湖面すれすれに項垂れる姿は、
水面の鏡で身繕いする女性のようで、
なんとなく今朝の自分と重なった。
愛する場所と愛する人の前ではいつも綺麗でいたい。
目の前に立つ色とりどりの鮮やかな木々が、私には美しい貴婦人のように思えた。
ーー綺麗。
「どした?」
「え?」
両腕一杯に枯れ枝を集め戻ってきた幸村は、私の顔を不思議そうにちらりみると、ふいに聞いてきた。
「なんかお前……」
「ん?」
「いや……別になんでもねえよ」
「なに?」
「……いや」
「ん?」
「……お前よ」
「ん?」
湖面を見つめるろきの横顔が透き通る程美しく、
この世のものではないような感覚に不安を覚えた幸村は気持ちの核心を悟られぬよう言葉を濁す。
「……調子悪かったらすぐ言えよ」
「大丈夫だよ。ふふ、変な幸村」
はにかむろきの笑顔を恥ずかしさで正面から見れず、ぶっきらぼうに背中を向けた。
カツッ カツッ カツッ
幸村の手元で響く火打石の硬い澄んだ音を聞いていると、ろきの頭の奥にしまわれていた昔の記憶が瞬時に蘇る。