第4章 笹色(ささいろ)
出立前日の早朝。
鏡の前で身支度を整える私を背に、幸村は畳の上に頬杖をつき、ぼんやり何かを考えてるようで、その大きな身体をごろり横たえていた。
「なぁ」
「うん?」
ふいにかけられた言葉に櫛を持つ手を止め、反射的に声のした方に振り返る。
「釣り……行かねえか?」
「釣り?」
「たまには付き合え。いい場所あんだよ」
「え? いつ?」
「今からに決まってんだろうが。美味い魚、腹いっぱい食わしてやっから」
「……え……え?
でも、信玄様に甘味を持っていくって約束し……」
「んなもん佐助に市で買って持っていくよう頼んであっから!
何ぼーっとしてんだ。行くぞ!」
「え? ちょっ……ちょっと!」
勢いよく立ち上がった幸村は有無を言わせぬ勢いで強引に私の手首を掴むと、そのまま本当に城の門をくぐり抜けた。