第3章 紺鼠(こんねず)
道三の庵へ着くと、縁側でじりじり不穏な空気を醸し出す信玄と謙信の姿が目に入る。
「幸村、ここは俺に任せて」
「なんなんだよアレ………モノノ怪かよ……」
そそくさとその場を離れる幸村を横目に、渦巻きのぼる黒煙のように激しい憤怒に包まれた二人の前に事もなく佐助は膝まづけば、怒涛のような叱咤が飛んできた。
「『おそいッッッ!』」
「申し訳ありません。すぐに酒とお茶をおもちします」
「酒は後だ、佐助。 これから言う問いに正直に答えろ」
見下ろしながらトゲのように刺さる謙信の言葉と視線。
更には、近衛兵のように謙信の横に佇み座す信玄に臆することなく足元に目を伏せたまま佐助は答える。
「何なりと……」
「【ぱぱ】とはなんだ」
「【ぱぱ】とは……
南蛮に伝わるカトリックの王を【ぱぱ】と呼びます。
俺の時代で、その名はローマ教皇。
平和を望み、戦を撲滅せんと行動を起こし……精神的支柱として役割を果たす、父と比喩される方です」
「ほう……して、兵はいくばくか」
「12億だと……記憶しています」
その言葉に軍師である信玄の眼が見開かれ、瞬時に導き出された数字を口にする。
「石高(こくだか)にして、480万……」
世は広いものだな。
信長、あいつが唱える天下布武。
益々そそられるじゃないか。なぁ謙信」
言葉を振られた謙信の横顔は、口角を上げ高く燃え立つようなどこともなく飛びふけるその瞳に、ぞくり……信玄の背に鳥肌が立つ。