第3章 紺鼠(こんねず)
ススキ野原に一陣の風が吹き抜け、ザワザワとさざ波が立つよう穂が揺れる。
幸村と佐助は市で買った酒を片手に一歩ごと足元の雑草を踏み潰すように道三の庵へと歩を進めていた。
「おめでとう。幸村」
3歩先でこちらを振り返り斜めに立つ佐助の言葉に幸村は立ち止まる。
「あ?」
「ろきさん、おめでたなのに……
お祝い言ってなかった」
「変な気回すんじゃねえよ」
「幸村、ひとつだけ頼みがあるんだ」
「ん?」
反射的に聞き返したが、いつになく真剣な佐助の声音に、怪訝な思いが幸村の胸をかすめる。
「なんだ? 佐助、どうかしたか?」
その問いかけに、佐助はズレた眼鏡を右手中指でキュッと押し戻すと、迷いをふっきるかのように真っ直ぐ幸村を見据えた。
「絶対にろきさんを泣かせないと、
必ず幸せにするって僕と約束してくれ」
「佐助……お前………」
「僕が彼女を巻き込んだばかりに、大変な思いをさせてしまった。
いつも申し訳ない気持ちで一杯だったんだ。
だから……」
「あほ。気付けよ。
ろきに惚れてんだろ?
だが、今さらだ。
あいつはぜってぇ渡さねえよ?
俺が幸せにする」
「ああ……わかってるよ」
「残念だったな! 佐助!」
ありのままの自分をさらけ出した後にも、今までと変わらない幸村の温かく屈託のない笑顔に安堵する。
ーー真田幸村。
さすが日の本一の強者と言われただけある。
これまでもこれからも僕は敵わない。
幸村に全てを託す覚悟が出来た佐助は大声を張り上げる。
「ブレない幸村が僕は大好きだ!」
「あ? 気持ちわりぃ事言ってんじゃねえよ!
そっちの趣味ねえから!」
「僕も至ってノーマルだけど?」
そう言うと音もなく幸村に近寄り、軽くポンッと肩を叩いた。
「幸村。君は僕のズッ友だ」
「当たり前の事ばっか言ってんじゃねえよ」
「ろきさんを頼む」
「任せろ」
二人並ぶ背後には、歩に合わせくっきりと揺れる影法師。
秋の心地よい風が幸村と佐助の間をさざめくよう通り過ぎて行った。