第3章 紺鼠(こんねず)
「いい感じに染まってる」
染めあがったさらしを庭先に干せば、心地いい秋風がふわり、生地を揺らし通り過ぎていく。
熱いお茶をぐっと飲み込むと、乾いた喉が一気に潤い何だかほっこりした気分になる。
「ふぅ。おいしい。こんなに気持ちいいお天気なんだから、すぐ乾きそうですね! 道三様」
私の言葉に道三様は湯飲みを持つ手を膝に置くと、何かを思い出したような素振りを見せた。
「ときにろき様。何を刺繍されるか決まっておいでか?」
染めるのに夢中になっていて、刺繍のことはすっかり頭から抜け落ちていた私は慌てて道三様に向き直る。
「すっかり忘れてました! そうだ、刺繍ですよね」
何を刺繍すれば幸村は喜んでくれるだろう。
世界にひとつしかないんだから、思いっきり心を込めたものにしたい。
色々考えてはみるものの全く思いつかず、ああでもないこうでもないと悩んでいると、
「ふむ。家紋はいかがかな?」
ふいに道三様に投げかけられた。
「家紋……ですか?」
「左様。家紋は家の印にござります故、ろき様が染めた世にひとつしかないものに真田家の印を刻めば、これまたひとつとない幸村様のものだけになりましょう?」
(世界にひとつだけの幸村の手ぬぐい……)
「ありがとうございます。これなら絶対幸村も喜んでくれると思います。
あ、そうだ……真田家の家紋って確か六つの丸が並んだものですよね?」
「はい。が、しかし。
もうひとつありまする」
「え?」