第3章 紺鼠(こんねず)
「道三様~、これぐらいでいいでしょうか?」
あかめがしわの葉を煮込む鍋を覗き込みながら問いかける私の視線を遮るように、道三様は真っ黒な液体が入った瓶を差し出してきた。
「その小瓶は?
もしかして……それが答えですか?」
「ふふ。察しがようござりまする。
草木染の一番不思議な所は、植物の色はそのほとんどが反応する成分により異なるという事。
私が今持っているのは、鉄の焙煎液。
染めてみぬとどのような色が出るのかわからぬのが草木染めの面白うところにござりまする。
それぞれに趣きがあり、見る度にその奥深さには驚かされまする」
「世界にひとつだけの色?」
「ろき様、世界とは?」
「……ん~と、この世って言えばいいのかな?
この世にひとつだけ、ということです」
「たしかにろき様の言われるように、染め物に同じものは二つとありませぬ。だからこそ……にございますな」
一つだけ。
この世にひとつだけ。
心を込めて染めた物がこの世でひとつだけ。
「道三様、染め終わったら刺繍をしたいのですが教えて頂けますか?」
「勿論にございますとも」