第3章 紺鼠(こんねず)
先程の見惚れるような顔とは打って変わり、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)の表情で口角を上げる謙信に、珍しく怒りを露わにし体全体で抵抗するかの如く信玄は腹の底から声を荒げる。
「おい、コラッ謙信!
お前がいつもその顔する時は、必ず何か企んでるんだ!
なんだ! 何を企んでる!?」
「何も企んでなどおらぬ」
「……まさかお前。
幸とろきの子に『じい』と呼ばせる気じゃねえだろうな!
じぃと呼ばせるのは俺だ!
それだけは絶対に譲らんぞッ!」
「寝言は寝て言うものだ、信玄。
俺は『とと様』と呼ばせることに決めている」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?
お前こそ寝言は寝て言えッッッ!
何が『とと様』だ!」
「何やら佐助は『ぱぱ』と呼ばせるらしいが……。
俺にはよくわからぬ。
信玄、『ぱぱ』とはなにか知っているか?」
「あ?
『ぱぱ』?
なんだそれは?」
今のいままで憤慨していたことも忘れ、謙信の発した「ぱぱ」という初めて聞く言葉にピクリと反応し食いつく。
戦術に於いて謙信が日の本一であるならば
隣にいる信玄は軍略に於いての日の本一。
『ぱぱ』と言う言葉を知るべく、縁側にそそくさ仲良く肩を並べると胡座をかき、佐助の帰りを待ちわびる謙信と信玄であった。