第3章 紺鼠(こんねず)
「そうか……」
信玄の言葉に、いまだ目を伏せ碁盤を見つめる謙信だったが、
節のあるごつごつした人差し指と中指に石を挟んだまま、
その手を動かすことなく、静かに口を開いた。
「ろきを見ていると、自分のものではない腹立だしさが沸々と体の奥底から湧き上がる。
独占欲に駆られ、狂ってしまう程に胸が苦しく幾日も眠れぬ日が続いた。
だが……
幸村にしか、ろきを幸せには出来ないこともわかっていた。
ならばだ。
俺は俺のやり方でろきの幸せを守り抜こうと決めたのだ。
軍神と呼ばれても、所詮『人』だ。
『人』である以上、命には限りがある。
俺が死した後、極楽へゆくのか地獄へゆくのかわからぬ。
わからぬが、叶うことならろきと同じ処へゆきたい。
覚悟を決めた今、己の心は雲のかかっておらぬ月のように光輝いているのだ。
戦のない世でろきが幸せに笑えるよう……
命消えるその時まで、俺は生を全うする」
パチンッ
本心を言い終えた謙信の打った石の音は、それまで黙って聞いていた信玄の胸に力強く深く響いた。