第3章 紺鼠(こんねず)
『人不破習』の教えに従うと決めた謙信の心を察した信玄は、いまだ片眉を上げ怪訝な表情をしている幸村の問いに答える。
「戦をすれば金がかかる。
それも謙信の場合、ほとんどが義の為。
要は頼まれ戦だ。
元々この男は、領土欲など微塵も持ち合わせてはいないじゃないか。
いかに鮮やかに戦に勝つか……それが謙信の最重要案件であっただろう?
そこに金を注ぎ込むより国を潤す為に遣う事にしたのさ。
謙信には様々な資金源がある。
今町湊の入港税、越後上布の素材である『青そ』の栽培。
金山に至っては今や日の本の三割を占めるほどだ。
それだけのものがあっても、人がいなくては国は潤わない。
だから、戦を避け和睦の道を開くよう敵対する者同士の仲介役にまわり盟約を結ぶ。
そうする事で弱小国への牽制にもなり、信長の求める天下統一への布石にもなる。
……っとまぁ、こんなところだよ」
そう言われても、謙信自身の人生観を覆す程の出来事があったのではないかと心配した幸村は神妙な面持ちで謙信に尋ねた。
「戦でしか……刀を振るってる時しか生きてる実感が湧かないっていつも言ってるじゃねえか……。
命とも言える刀を置いてまで、これまでのやり方を変える程の何かが……あったのか?」
「気が変わっただけだ」
無表情のまま、即答する謙信の余りにも単純明快な答えに拍子抜けした幸村はがっくり項垂れ大きなため息をついた。