第3章 紺鼠(こんねず)
先程と打って変わり張り詰めた空気の中、謙信は信玄に視線を移し口を開く。
「甘粕景持(あまかすかげもち)より書状が届いた。
国境になりを潜める野武士が不穏な動きをしているとの事だ。
今年は冷夏であったからな。
食料がなくなれば隣国に攻め入り調達しようとするのは当然の行為だろう。
しかし、刈田・放火・略奪を平然とする奴らだ。
捨て置くわけにはいかん」
「謙信、敵の数はいくばくか?……」
腕を組み何かを憂うように眉間に皺を寄せる信玄と、2人の会話を黙って聞いていた幸村と佐助に、謙信は口角を上げニヤリ笑う。
「ふっ。誰が戦をすると言った」
「『(あ?)』」
謙信からの思わぬ返答に三人驚き戸惑う。
そんな彼らを横目に謙信は言葉を綴る。
「信玄、貴様の信条は『戦わず勝つのが兵法』なのだろう」
「その通りだ。だが戦に生きるお前の言葉とは思えないね」
「佐助。お前に託した忍術書の最後に書いてある奥義を言え」
急な謙信の問いに全く動じる事なく佐助は答える。
「人不破習(人を破らざるの習い)」
その言葉を聞いた信玄は嬉しいような切ないような複雑な表情で笑って見せた。
「謙信……お前もか」
忍びの奥義と言われる言葉の意味を知らない幸村は信玄に問いかける。
「どう言う意味だよ」
ゆっくり言葉を噛みしめるように信玄は答えた。
「相手を論破し打ち負かせばそれで終わり。
それよりも、相手を持ち上げ時には抑え、上手く利用するのが一番だという事だよ。
謙信はその道を選んだ。
それだけのことさ」
「斬らずに生かして利用するって事か?
なんでそんな回りくどい事すんだよ」