第1章 炎色(ほのおいろ)
遠くから聞こえてくる入相の鐘の音に気付いた幸村は、庭に面した部屋の障子を開けると、斜陽を浴びた木々がさわさわ音を立てて揺れており、心地よい風が頬を掠めていく。
そんな幸村の逞しく育った背中を、布団に横たわる信玄は、遠い眼差しで見つめていた。
幼い幸村を引き取り、幾多の闘いに共に身を投じながら気付けばわが子のように可愛がってきたが、
度々起こる発作に、懸命に寄り添い看病するいじらしい幸村を見ると自分の不甲斐なさがしきりに悔やまれる。
「幸、そろそろ帰れ。日が暮れる」
「ああ」
信玄の言葉に抑揚のない声で相槌をうち、微動だにしない幸村を案じた道三の声が響く。
「幸村様、ご案じめされるな。この道三、我が名において信玄様をお預かり致します故」
「そうだぞ~幸。先ほどより随分楽になったし、瞼が石のように重くなってきた。
今日はぐっすり寝れそうだよ。
遅くなると姫も心配するだろう?」
「わーってるよ! でも……」
「今しがた眠気を誘う薬草を信玄様には飲んでいただきました故。
病は気からと申しますが体力を回復することが一番大事にございます。
その為には少しでもお休み頂かなくてはの。
幸村様もしかり」
道三の言葉を聞き、安堵と不安が入り交じる何とも言えない感情を持て余しながら思い悩む幸村に信玄は声を掛けた。
「そんな顔するんじゃない幸。
それとも、一人では寂しくて帰れないのかい?」
にこにこと揶揄ような目で幸村をじっと見る。
「んな訳ねーだろ! いつまでも童扱いすんなっての!」