第3章 紺鼠(こんねず)
仕上がり具合を見ようと腕を高く上げると、
目の前にかざし、色んな角度で眺めた。
日の光に反射して縒られた真田栗毛と絹糸が陽からこぼれ落ちるガラスの砂のように、キラキラ光って見える。
ーー綺麗すぎて……釣糸にするのはもったいないな。
垂れた糸に目を奪われていると、
突然身体を持ち上げられて、ひょいっと幸村の胡座の上にのせられた。
糸を持つ手を背後から伸びた大きな掌が包み、低くて柔らかい声が響く。
「初めてにしては上出来」
後ろから抱きしめられてる格好のせいか、幸村の唇が私の耳元に触れた。
耳に吐息がかかり幸村の声が私の鼓膜を刺激して、くすぐられる感覚に思わず耳を塞ぐと同時に上擦った声が漏れる。
「ひゃっ」
「ぷ………くすぐったかったか?」
「もおおおおおお!」
「牛かよっ……くくっ、っ」
「イ、イノシシの次は……牛!?」
ムッとして振り返ると、余程可笑しかったのか幸村は目尻を下げ息を殺すように肩で笑っている。
「なんて顔してんだよ……っっ」
幸村にからかわれ思わず口元が締る。
「……………………」
「悪い悪い……くくっ。糸引っ張っててやっから続きやってみろ」
ようやく一本仕上がった頃、糸を持つ幸村の指からスッと力が抜け私の膝の上にすとんと落ちた。
「幸村?」
不思議に思い振り向くと私の肩に顎をのせたまま、スースー気持ち良さそうに寝息を立てている。
幸村の、子供のように無邪気ですやすや眠る姿に、思わず笑みがこぼれる。
「幸村、おつかれさま
いつもありがと」
私は出来たばかりの釣り糸を床に置くと、膝の上に力なく置かれた幸村の大きな掌をそっと持ち上げお腹に当てた。
掌の温かさがじんわり腹部に伝わるのを感じながら自分の手を優しく重ねる。
あなたもパパのような顔で眠るのかな。
男の子でも女の子でもどちらでもいい。
元気に生まれてきて。
私と幸村の元へ来てくれてありがとう。
本当にありがと。
まだ見ぬ我が子へ思いを馳せながら、いつまでもこの幸せが続くよう祈りを込め、ギュッと瞼を閉じた。