第3章 紺鼠(こんねず)
城へ戻り部屋で昼餉をとると私達は厨へ向かい道三様に頂いた栗を水に浸した。
「このまま一晩浸けとこう」
私の言葉に幸村は不思議そうに尋ねる。
「今日は作んねーのか?」
「うん。昨日、幸村が柿の実をすり潰してくれたでしょ?
あれで寒天作ったから、明日はそれを持っていこうと思って」
「あ〜、そっか。じゃ今日はゆっくりできるな」
「うん!」
秋の午後が深まる中、庭に面した廊下に腰を下ろし私達は思い思いの時間を過ごす。
読んでいた書物から視線を上げると、隣で幸村が数本の糸を器用に縒り合わせていた。
「ねえ幸村、何作ってるの?」
疑問に思い尋ねると意外な言葉が返ってくる。
「これか? これは釣り糸だ」
「釣り糸ってあの釣り糸?」
「あの釣り糸ってどの釣り糸だよ……くくっ」
「え、だって………釣り糸作ってるとこ初めて見たもん」
「そうなのか?」
「うん。売ってるのしか見たことない」
「ああ……お前の世では売ってるものなんだな。
これは真田栗毛の尻尾の毛と絹糸で作ってんだ」
「…え? これって馬のしっぽの毛!?」
「こう見えて尻尾の毛一本でも結構強いんだぞ?
絹糸と縒り合わせると強度が増すんだ」
「へ〜! ねえねえ、私もやってみたい!」
「おう」
まさか自分が戦国の世で釣り糸を作るなどと想像すらしなかった私は、目の前にある先人の知恵に直に触れられている事がたまらなく嬉しかった。
幸村に教えて貰い、たどたどしい手つきで糸を縒っていく。
ーー結構難しい……
簡単そうに見えた作業は意外と難しく、幸村の作る釣り糸とは正反対で所々太さが違う。
手元に神経を集中して注意深く親指と中指を動かしていく。
少しずつ縒られた釣り糸が長くなっていき、気がつくと糸の先端が座っている私の膝の上についていた。