第3章 紺鼠(こんねず)
「幸! こら! 幸!」
信玄様は呆れたような声で幸村に向かって呼びかける。
その声が鼓膜にぴんと響いた私はハッと我に返り信玄様を見ると、幸村もつられるように視線を移した。
「あ? なんだ?」
「なんだじゃないよ全く……
それより今日は佐助の姿がないが何かあったのかい?」
「ああ。なんでも侍女の話じゃ謙信様に所用を言付かってるとかで数日不在らしいぞ?
その件に関して俺は何も聞いてないんだ」
「佐助が動いてるという事は、何かしら問題が起きてるようだね」
「そうだな。昨日今日と謙信様の顔も見てねえし……
佐助の報告を待つしかねえよ」
2人の会話を聞いていると昨夜感じた胸騒ぎがぞくり爪先から這い上がってくる。
ーー問題が起きてる? もしかしたら戦になるってこともある? 嫌だ……誰にも傷ついて欲しくない。
この乱世、戦が当たり前だというのは十分わかっているが、大切な人達がそこに向かい刃を交える姿を想像するだけで胸が張り裂けそうになる。
膝に乗せた手をギュッと握りしめた私の肩に、道三様の温かい掌がそっと置かれた。
「ろき様。ご一緒に少し庭を歩きましょう」
「は、はい」
いまだ話し込む信玄様と幸村を傍目に私は道三様に連れられ縁側から庭へとおりる。