第3章 紺鼠(こんねず)
「ああ、そうでございました。
あまりにも見事な甘味に目を奪われており申し訳ございませぬ。
すぐにお茶を入れなおして参ります故、幸村様もろき様もどうぞお掛け下さいまし」
道三様は思い出したように言うと、土間へ向かって歩いて行った。
「あ、私も手伝ってくる」
「お前は大人しくしてろ。俺が行く」
ついて行こうとした私を幸村は片手で制し、急いで草履を脱ぐと道三様の後を追いかけた。
それまで柿羊羮に目を奪われていた信玄様は、幸村の後ろ姿をちらり見て私に問いかける。
「もしかして、幸は昨日からずっとあの調子なのかい?」
「はい……今までの幸村に更に輪をかけて心配性になってます」
「気持ちはわからんでもないが、う〜~ん」
腕を組み虚空を見つめて唸る信玄様に、私は自分の気持ちを素直に口にした。
「不器用ながらも一生懸命、幸村のやり方で愛してくれてるのは身に沁みて分かってます。
私はそんな幸村が大好きだし、少しぐらい束縛されても全然平気です。
あまりに度が過ぎると喧嘩になっちゃいますけど。ふふ……」
「まあ、あいつの不器用さは今に始まった事ではないが、もう少しこう……小粋にできないもんかねえ」
「あ、それ……昨日幸村も言ってました。
『信玄様のように気の利いた言葉が言えない。足元にも及ばない』って」
「くくっ。自覚してるのか」
「ええ。でもそれが幸村ですから。
逆に口達者になられたら私が困ります」
「毎日甘い言葉が聞けていいじゃないか」
「言われるこっちの身にもなって下さい……。
恥ずかしくて心臓持ちませんから……」
「はっはっはっ!
確かに、姫には刺激が強いのかもしれないね。
まぁでもあいつが女子を口説くとこなんていまだかつて見たことないしなぁ。
色を纏った幸の姿なんて全く想像出来ないよ。くくっ」
「でしょ?……ぷぷっ」