第1章 炎色(ほのおいろ)
懐かしく恋しい気持ちがせりあがり、鼻の奥がツンとする。
幸村と生きる覚悟を決め春日山に来たのに、安土からの文ひとつで切なくなり寂しくなる弱い自分が嫌になる。
ーーこれって完璧ホームシックだよ……
後悔しないように自分で選んだ道なんだから、もっと強くなれ!私!
そう自分に言い聞かせ、潤んだ目から雫が落ちないように、ギュッと瞼を閉じ唇を噛みしめた。
「……うぷっっ」
急に鼻をつままれ息が詰まる。
驚いて目を開けると、佐助君が右手で私の鼻をつまんだまま訝しげに覗き込んでいた。
「っぢょっ! ざ、ざずけぐんっ!」
私が叫ぶと同時に手を離した佐助君は、ズレた眼鏡を押し上げスッと息を吸うと、いつもと変わらない飄々とした静かな声で、涙の止め方のレクチャーを始めた。
「涙を我慢する時は……
目を開けたまま鼻をつまんで上を見上げて口を開く。
根拠は、口を開けてると集中して物事が考えられない。
更に上を向くことで、目が見開かれ涙が蒸発しやすくなる」
「え? はい?」
目を開けて
鼻をつまんで
上を見て
口開ける?
言われた通り実行してる自分を想像したら、余りの間抜けな姿に可笑しくなり吹き出してしまう。
「ぷはっ、恥ずかしくて人前ではできないって!
絶対笑われるよ~ふふ」
「ほらね。効果抜群」
「ん? 効果?」
「うん。涙とまったでしょ?」
「あ……ほんとだ」
「実験成功」
「え、なに?」
「研究テーマのデータ収集」
「データ収集って……私、実験体?」
「そ、ろきさんは記念すべき第一号」
佐助君はそう言うと、得意気に笑ってみせた。
私は彼の優しさにいつも助けて貰ってる。
現に今だって、私の気持ちを察した佐助君の優しい嘘に癒された。