第2章 照柿(てりがき)
「ご主人、ありがとうございます。
信玄様に甘味を召し上がって頂くのにどうしても餡が必要でした。
本当に助かります」
「さようでございましたか。
また何かありましたら遠慮なくお申しつけくださりませ。
いつでもお待ちしております」
「オヤジ、ありがとな」
「いえいえ」
甘味屋のご主人に見送られ城下を後にすると、春日山の中腹から脇道に入る。
お城に来て半年。
慣れた道以外通った事がなかった私は、脇道の奥に広がる景色に驚きを隠せなかった。
幸村に手を引かれ、緩やかな崖の際に立ち辺りを見渡せば、赤や黄色に色づいた楓やイチョウが生い茂り、風に揺らされた枝から色とりどりの折り紙みたいな葉がはらはらと舞い踊っていた。
まるで赤い絨毯を広げたような世界に目が釘付けになる。
「すごい……!」
「だろ」
時を忘れ、目の前に広がる素晴らしい景色に見惚れていると、黄色に染まったイチョウの葉が一枚幸村の頭にひらり舞い落ちた。
髪に手を伸ばしそっと摘んでその葉をじっと眺める。
ーー鮮やかな黄色。
今日ここに来た思い出に書物に挟むしおりにしよう。
この場所がくれた贈り物のように思えて、嬉しくなった私は思わず微笑む。
「ふふ」
小さく漏れた声に気付いた幸村が不思議そうな顔で私の手元を覗き込んだ。
「なんだ?」
「この葉っぱ、しおりにしようと思って」
「あ? しおりならもう少しでかい方がいいんじゃねーか?
その辺落ちてんだろ」
足元に視線を落とした幸村は、地面を覆う落ち葉に手を伸ばし掃くように探す。
その姿に慌てて声をかけた。
「いいの!」
「あ?」
「これがいい! 幸村に降ってきたこの葉っぱがいい」
「ばーか」
言葉とは裏腹に私を見上げる幸村の頬はかすかに赤らんでいて、照れてるんだと一目でわかる。