第2章 照柿(てりがき)
「ささ、信玄様。そろそろ褥に戻りましょう。
今は確とお体を労わってくださいまし」
「そうだね、そうしよう。姫、君も無理をしてはいけないよ? 大事な体なんだから」
「は、はい……」
いまだ他人事のような感覚で、信玄様の言葉に相槌をうつ。
「では信玄様、僕はそろそろ戻ります。謙信様から言付かった所用がありますので」
頭を下げ信玄様に断りを入れる佐助君の言葉にハッとした表情の幸村は押し被せるようにまくし立てた。
「あ……あー、じゃ俺たちも帰るかろき。
道三、信玄様を頼む。
明日又様子見にくる。
甘味もついでに持ってくっから」
矢継ぎ早にそう言うと、私の手首を掴み引きずるように部屋を出た。
大きな音を立てながら入口とは逆方向に進む幸村に待ったをかける。
「ちょっ、ちょっと幸村!? こっちは土間だよ? 帰るなら門戸は逆の方向だよ?」
「あ……悪りい」
きまり悪そうに頭を掻きながら私の言葉に答えると、幸村は踵を返し元来た廊下を門戸に向かって真っすぐ歩いていく。
「門戸の場所を間違える程、いまだ頭が呆けているとは……幸は大丈夫なんだろうか」
ろき達が去った方向を見つめながら、信玄は心配そうに呟いた。
道三様の庵を出ると、手を繋ぎお互い言葉を発することなく城下へと続く道を黙々と進んだ。
頭の中で道三様の言葉がこだまのように何度も響く。
ーー『お二人の愛が形になったのでございます』
妊娠した実感がいまだなく、お腹にそっと手を当ててみる。
「幸村と私の赤ちゃん?……」
聞き取れない程小さく呟いた私の声に気付いた幸村がおもむろに立ち止まり、その場に跪くと、確かめるように両手で私のお腹を包んだ。
「俺たちの子がここにいるんだよな。
目に見えねえのが悔しいけど……嬉しくて嬉しくてしょうがねえ。
正直さっきから頭回ってねーんだ。
こんな時、信玄様ならもっと気の利いた言葉を言えるんだろうが、足元にも及ばねえ……」
「頭回ってないのは私も同じ。なんだか夢みたい。
でも……自分のお腹に……ここに、幸村との赤ちゃんがいると思うと愛しくて仕方ないよ」
「俺がぜってー守るから。心配すんな」
幸村はそう言うと、スッと立ち上がり、息が詰まるほどの力を込めて私を抱きしめた。