第2章 照柿(てりがき)
「おおお!これは美味い。
柿を匙ですくって食べるのも初めてだが、どうしてこんなに甘くて香ばしいんだ?」
あっと言う間に平らげ、二個目に手を伸ばしながら尋ねる信玄様のあどけない表情が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ。焼いたんです」
「そうかあ。焼くとこんなに美味しくなるものなんだね」
「ええ。柿は喉にもいいそうですよ?」
隣に座り、匙を口に運ぼうとしていた道三様は、何かを思いついた様な顔をして手を止めると、同意するように言葉を付け加えた。
「確かに、ろき様のおっしゃる通り喉に良い。
柿の実を食すと肺を潤し咳を沈め、咳に混じる血も止める効果がありまする。
今の信玄様にはちょうど良い甘味にございまするな」
「なるほど。ありがとう姫。
こんなに美味しい甘味を貰ったんだ。
何か礼をさせてくれないか?」
「お礼……ですか?」
「ああ。欲しいものを言ってごらん?」
ーー欲しいもの。
その言葉を聞いて瞬時に頭に浮かんだのは、信玄様と謙信様がお酒を酌み交わし、私・幸村・佐助君の和やかな笑いが流れる広間の光景だった。
目に浮かぶみんなの姿に胸が温かくなるのを感じながら私は想いを口にする。
「私が欲しいものは、春日山での笑いに満ちた日々です。みんなが揃ってないと心から笑えません。
だから信玄様、しっかり養生して元気なお姿で戻ってきてください」
「……姫」
感慨を込めた目で私を見つめ小さく呟くと、額に手を当てて「ふふ」っと体を揺らして笑った。
「本当に姫には敵わないな。
さすが俺を恋に落とした天女だ。綺麗な上に心まで美しい。
こんな気持ちにさせた責任を取ってくれ」
急に色気スイッチが入った信玄様に驚きポカンとしていると、幸村が慌てるように会話に入ってきた。
「ろきを口説くなっつーの!
病人は大人しくしてろよ……全く」
「俺は思った事を言っただけだ。なぁ姫?」
「え?ええ……責任はちょっと……取れませんが」
日常的なやりとりに慣れた私は戸惑いながらも聞き流す。
佐助君も凄く当り前の事をサラッと言ってのけた。
「幸村。信玄様に口説くなって言うのは無理な相談だ。
諦めるんだ」
「ろき! お前もそんな呆けた顔してんじゃねえよ!」
「わ、私?」