第2章 照柿(てりがき)
「わかった」
「じゃあとで」
「うん」
立ち去る佐助君を見送ると、ぐっすり眠る幸村の傍らで音を立てないよう鏡に向かい再度身支度を整えた。
ーーあ、そうだ。
昨日幸村が採ってきてくれた柿の事を思い出し、襟元を合わせ直す手が止まる。
ーー確か……焼いた柿は喉に効くって昔おばあちゃんに聞いたことがある。
ふいに思い起こした昔の記憶をたどり、療養中の信玄様に食べて貰おうとさっそく厨に向かった。
朝餉の支度でせわしなく動いている女中さんにことわりを入れ、竈(かまど)をひとつ使わせて貰う。
用意した柿を丁寧に洗い半分に切ると、竈に網を敷き切り口を上にして並べていく。
火加減を見ながらうちわ片手に腰をかがめて見守っていると、果汁のクツクツ煮立つ音と共に甘い香りが漂ってきた。
「よし! 出来た!」
美味しそうに焼けた柿を見ていると、甘味を頬張る時の信玄様の嬉しそうな顔が浮かび自然と頬が緩む。
出来たばかりの焼き柿を急いで重箱に詰め風呂敷で包む。
幸村を起こす為に部屋へ戻ろうと厨の入口へ視線を向ければ、小さな包みを握る謙信様が立っていて、目が合うと同時にその腕を私に差し出した。
「ついでに持っていけ」
「これは……?」
「毒ではない」
「え?」
「……くくっ」
喉を鳴すように小さな含み笑いを漏らし、その場から颯爽と背を向け去って行く。
ーー毒ではないって……食べ物かな? 何だろう。
思いふけるのも束の間。
佐助君と約束した待ち合わせの時間をふと思い出し、ハッと我に返った私は抱えてた荷物を落とさぬよう部屋まで続く長い廊下を追われるように小走りに向かった。
そっと襖を開けると、幸村は気持ちよさそうに布団を抱きしめ眠っていた。
起こすのをためらったが待ち合わせまであと四半刻。
仕方なく褥に近寄ると片手でゆさゆさ肩を揺らす。
「ねぇ、幸村?」
「……」
「ゆーきーむーらー」
「………」
「幸村ってばっ!」
「…………あ?」
朝の日差しが眩しいのか眉間に手を伸ばし摘まむと、ゆっくりと瞼を開けた。