第7章 天色(あまいろ)と亜麻色(あまいろ)
城下につく頃には、早朝の冬の到来を感じさせた冷たい空気と濃霧はすっかり消え失せ、代わりに突き抜けるような濃い天色(あまいろ)の空が限りなく広がっていた。
大通りには沢山の店がところ狭しと軒を並べ、吊るされた鮮やかな暖簾が絶え間なく行き交う人々と共に賑やかに町を彩る。
道三様をどうにか説得し連れ出す事に成功した信玄様は久方ぶりの城下がよほど嬉しいのか、その足取りはすこぶる軽い。
「姫、遣い先はここだよ」
信玄様はそう言うと、一際大きく立派な小間物問屋の前で立ち止まった。
「あぁ、さようにございましたか」
看板を見た道三様は腑に落ちた様子で穏やかに微笑むと、促すように私の背中に手を添えた。
「ささ、ろき様。参りましょう」
何のお遣いか聞いておらず戸惑いながら暖簾をくぐれば、広い店内を使用人たちが右に左にせわしなく動き回っている。
(メチャクチャ忙しそう……)
目まぐるしい光景にたじろぐ私とは裏腹に、信玄様は番台につかつか近寄り二言三言言葉を交わすと、店の奥から小柄で品の良い六十がらみのご老人が姿を見せた。
「信玄様に道三様、わざわざごお越しいただき恐縮でございます」
「謙信から今年は極上品が献上されたと聞いてね。護衛を兼ねての視察だよ」
(極上品? )
会話の内容についていけず、隣に立つ道三様にこっそり耳打ちする。
「なんの極上品なんですか? 食べ物?」
私の言葉に一瞬驚いたような顔をした道三様は、途端に口元を押さえると肩を震わせながら必死に笑いをこらえている。
「え? わ、私なにか変な事言いました?」
「くくく……く。いえいえ何も…………ふふ」
「道三様?」