第7章 天色(あまいろ)と亜麻色(あまいろ)
「ーー美しいだろう」
連れられた視線の先には冬山の森厳な沈黙の中、濃い霧に守られるように小さなお堂が建っていた。
「これは……」
「毘沙門天だ」
「毘沙門天って……謙信様が信仰されてる戦の神様?」
「ああ。あいつが不在の折りにはね、代わりに俺が詣でさせて頂いているよ」
信玄様は袂(たもと)から鋏を取り出すと、お堂の横に自生する榊に手を伸ばし慣れた手つきで小枝をパチンパチンと切っていく。
「お手伝いします」
私は手桶の水を榊立てに入れると信玄様が切り揃えた葉を受け取り祭壇にお供えした。
「さて、毘沙門天に君を紹介しないとね」
「はい」
パンッパンッ!
柏手の弾けるような音は、濃霧を伝いピンとはりつめた寒々しい空気の春日山に響きわたる。
(初めまして毘沙門天様。
ろきと申します。
幸村、謙信様、佐助君がこの春日山へ怪我無く無事に戻り、信玄様の病気が良くなりますように。
安土で暮らす皆も元気で幸せでありますように。
そして一日も早く乱世が終わりますように……)
沢山のお願い事をした私は、ゆっくり瞼を開けると合わせた手をひもときながら御神体のあるお堂の奥を真っ直ぐ見つめた。
「お祈りは終わったかい?」
信玄様のふいの言葉にハッと我に返る。
「あ、ごめんなさい。罰があたりそうな程、神様に沢山お願い事をしちゃいました……」
「欲深い天女も良いじゃないか?」
「もう~茶化さないで下さい! 真剣なんですから……」
「ははっ、すまんすまん。
心配無用さ。
毘沙門天は君の願いを一言一句漏らさず受け入れて下さるよ」
信玄様の確信に満ちた言い方が気になり尋ねてみる。