第1章 炎色(ほのおいろ)
謙信様に『案ずるな』と言われても心配が止まない。
「幸村、私明日信玄様の様子を見に行ってくる。
顔見ないと何だか落ち着かないし、詳しい容態も知りたいから……」
「ろきさん、僕も一緒に行くよ」
「俺も行く。
体力戻るまで養生してもらわねーとな。
それに……しっかり見張っとかなきゃ、すぐいなくなるしな」
「具合悪いのに……信玄様はそんな無茶しないと思うよ?」
「いーや。わかんねえから困るんだよ」
「そうだね。僕も幸村の意見に賛成」
三人で話し込んでると、女中さんたちが慌ただしく夕餉の膳を運んできてくれた。
「飯にすっか」
幸村の一言でそれぞれの席に座り、手を合わせる。
「いただきます」
ーーとにかく、明日信玄様に会いにいこう
道三様が側にいてくれるんだから、きっと大丈夫!
気を取り直した私は背筋をシャンと伸ばすと目下に置かれた箸を持つ。
膳には隙間がない程、美味しそうな料理が並べられており、ゴボウの味噌煮を口に含めばその美味しさに二つ三つと箸が進む。
「うん! おいしぃ~~~!」
「っとお前は色気より食い気だな」
「いいでしょ別に。おいしいんだもん」
「幸村、その言い方は女子には失礼だ。それを言うなら花より団子の方がいい」
「くくっ……佐助、言い方は違えど同じではないか」
「あ、そうでした」
「もう! みんな酷くないっ?」
幸村、佐助君、謙信様にさんざんからかわれ、ムッとふくれた私は食べることに集中しようと手前の椀に手を伸ばし蓋を開けた。
ーーわっ、鴨汁!
大好物の鴨汁にテンションが上がり、立ち登る湯気に目を細め顔を近づけると、ふわり漂う柚子の香りが鼻をくすぐると同時に嘔吐感が胃から一気にこみ上げてきた。
ーーっっ…… 吐きそうっ
片手で口を押さえると、わき目も振らず廊下へと駆け出した。