第1章 炎色(ほのおいろ)
「いかがしたのだ」
お重の中から梅干しを一つつまみ、謙信様は幸村に問いかけた。
「視察の途中、信玄様が発作を起こして道三の庵に運んだんだがいつもより重い発作で。最近所用が立て込んでたから疲れが出たんじゃねーかと思う」
重い発作ーー
春日山に来てすぐの頃、二人で甘味屋に行った帰り発作を起こしたのを思い出す。
みるみる内に顔面蒼白になって呼吸も浅く肩で息をする信玄様を近くの店に担ぎ込み、城へ使いを出してもらうと私は必死で背中をさすった。
苦しそうに発作に耐える姿が今でも目に焼き付いて離れないし、このまま命を落としてしまうんじゃないかと思う気持ちが恐怖となり、光景が頭に浮かんだだけで心臓がバクバク音を立てる。
幸村の報告に耳を傾け聞いていた佐助君は眼鏡を押し上げると神妙な口調で尋ねる。
「で、信玄様の今の容態は?」
「道三が素早く処置をしてくれたおかげで、今のところ安定してる」
「幸村の言う通り疲れもあるんじゃないかな。
ここ数日顔色が優れないのは僕も気になってた。
それに信玄様じゃないと片付かないものが多すぎる」
「ああ」
「『………』」
黙り込む幸村と佐助君の気持ちが痛い程わかる。
今信玄様の元へ駆けつけたとしても自分達には病を癒すことも積み重なった負担を減らす事も出来ない。
「大丈夫かな……」
思わず不安な気持ちが漏れる。
「案ずるな。奴はそう容易くくたばるような男ではない」
それまで黙って聞いていた謙信様は置いてあった徳利を片手で持ちながら答えると、盃に溢れんばかりに酒を注ぎクイッと一気に呑みほした。