第6章 白(しろ)と至極色(しごくいろ)
道三様の声音に、夢から覚めたようにハッと我に返る。
「ろき様……なみだ」
「え?」
指先を目尻に当てれば、溢れるように次から次へと涙がにじむ。
「あれ……勝手に涙が」
慌てて取り繕い涙をぬぐう。
信玄様、道三様、ちよさんが私を気にかけ接してくれているのは充分にわかっている。
その優しさがわかるからこそ、寂しいと思う自分の弱さを……涙を見られたくなかった。
「ろき様の涙は……誠、美しゅうございますな」
「え……」
柔らかい身ごなしで、その場に立ち上がると縁側で寝転ぶ信玄様の隣へゆるりと腰を下ろした。
道三様の袈裟の擦れる音が心地よく耳を這い、流れるようなその一挙一動に目が離せずにいた。
「わたくしの母は、わたくしを生んだ翌日に亡くなったと聞き及んでおりまする。幼い頃はもとより愛に飢え、寂しゅうて寂しゅうてどこに心を置けば良いのか解りませなんだ。
……が、ある日、師がわたくしにおっしゃった。
『わからねば生きよ』と。
今、その意味が、ろき様の存在がわたくしに答えを教えて下さいました。
見たことのない自身の母ではありまするが、きっとろき様のように、父と腹にいるわたくしを思い、慈しむように日々暮らしていたのだと思いまする。
あなた様にお会いせなんだならば、私(わたくし)を苦しめた寂しさは永久(とわ)に悪者にござりました……が、今は違う。
子を思う母の思いに救われました。
気付きは生きておらねばなし得ませぬ。
だからこそ師は「わからねば生きよ」とおっしゃったのでありましょう。
ろき様、寂しさや不安を隠さなくともよいのでございまする。
それを誰が咎めましょうや」