第5章 霞色(かすみいろ)
唖然とする私と幸村の背後では、
額に手を当て、ほとほと困ったという表情の信玄様が「やれやれ」とつぶやきながら謙信様の前へと歩み寄った。
「血気盛んなのは変わらんな。
それにだ。
【ちちくりあう】……なんて、言葉が古いんだよ。
佐助の時代では、【せっくす】と言うらしいぞ?」
「なに?」
「細かい事は佐助に聞け。
……とにかく。
引火点が低すぎるんだお前は」
二人のやりとりをハラハラ見ていた私は……
ここぞとばかりに謙信様に駆け寄ると、太く引き締まった手首を掴み、仕上がったばかりの手ぬぐいを手のひらにそっと乗せた。
「持って行って下さい」
その言葉に、全身から立ち上る程にゆらゆらした殺気が委縮するように消えてゆく。
「………これは、【かごめ紋】」
「謙信様と一緒に、信玄様のお見舞いに行った日。
道三様に教わりました。
必ず同じ場所に戻ってこれるおまじないの紋だそうです。
謙信様、美味しいお酒をご用意しておきますね。
ですから……」
「お前は何も気に病まず、己の事のみ考えろ」
「…はい。
どうかご無事で。
………いってらっしゃい」
あぶみに片足を乗せ、ひらり鞍へとまたがると、力強く馬の腹を蹴れば、高らかないななきが遠く遠く、こだまする。
「佐助。参るぞ」
謙信の呼びかけに即座に反応した佐助は眼鏡を押し上げ振り返る。
「ろきさん、僕も行くよ」
「うん。佐助君にもこれ、持ってって」
「ありがとう」
「気を付けてね」