第5章 霞色(かすみいろ)
それまで出立の号令を、
今か今かと待機する歩兵隊のざわざわ騒がしい声が一瞬で水をうったように静まりかえり、
全ての視線が私達に集まっているのが手に取るようにわかった。
「……ゆ、幸村。
みんな見てる。
恥ずかしいよ………」
「うるせ。
周りなんか気にすんじゃねえよ。
俺だけ見てろ」
「……うん」
遠慮がちに脇腹からそっと両手を背中に回せば、
鎧に包まれ冷たいはずなのに、ぴったりくっついた体から、ぬくもりがじんわり伝わってくる。
「あったかい……」
「お前の方があったけーよ?」
甘いひとときの最中。
春日山城山麓に響き渡るほどの怒声が聞こえ、驚き目をやれば、鶴姫一文字をまっすぐ幸村に向け、
鬼人のような風貌の謙信様が向かい合うように立ちはだかっていた。
「幸村っっっ! 貴様あ~~~ぁぃッ」
「ん?……なんだ?」
「謙信様?」
何が起きたのかキョトンとする二人の前で、
勢い飛び掛かる寸前の謙信の腰に、危機感を覚えた佐助は即座に手を回し羽交い締めにすると、
ズレた眼鏡もそのままに、
幸村へ懇願するよう必死に訴える。
「幸村! 出発からこれじゃ体力が持たないッ!」
「あ? どうしたんだよ佐助」
「今の佐助に口はないわっ!
この………腑抜けが!
【ぱぱ】を差し置き……
俺の……俺の……
目の前で……
よくもぬけぬけとぉ、ちちくりおってぇぇえ!!!」
「はぁ? 【ぱぱ】って何だよ」
「ち…ちちくりあう???」