【松】終身名誉班長とマフィア幹部と汚職警官から逃げたいんです
第1章 終身名誉班長一松
そして×時間後。眠気と空腹で足下がおぼつかない。
私はタコ部屋に戻るゾンビの群れから離れ、班長室に向かう。
班長室のある区画だからといって、他の区画と大して変わらない。
消えかけた蛍光灯、換気してないこもった空気、暗くて狭くて汚れた廊下。
機材やら納品やら何やらの段ボールがそこらに山積みにされ、乱雑な様相だった。
でも私たち最下層作業員の区画と違い、多少ではあるが清掃された跡があり、風呂に入ってない作業員のすえた体臭もこびりついてない。
そして『班長室』の前に立ち、息を吸って、決められた回数だけノックをする。
少し経って鍵の開く音。
「失礼します」
私は暗い気分で灰色の扉を開け、習慣で後ろ手に鍵をかけた。
終身名誉班長の仕事部屋兼、仮眠室。
そこはタコ部屋よりは多少、ましな場所だった。多少。
壁一面に張られた納期だの納品だののメモ。積まれた段ボールにはでかでかと『極秘』『機密』と書かれている。いいのか。
奥には仮眠室に続くドアがあった。半分開いたそこからは、六畳間が見えた。
ティッシュがあちこちに散乱し、それに混じって灰皿だのビールの空き缶だの、汚れた衣類だの、たたんでいるのを見たことが無い布団だのが見えた。
私はますます暗い気分になった。
「遅い」
「すみません」
視線を転じると、一松班長が見える。煙草を吸い、机の灰皿には吸い殻が山積み。
書類が乱雑に置かれた作業机、そしてパイプ椅子。
そしてそのパイプ椅子に座る、冷たい目の作業服の人。
他の作業員と違うのは、左腕につけられた腕章だ。
終身名誉班長、松野一松。
いつも高みからアリの群れを見下ろし、行程の全てを監視している男。
その眼光は鋭く、時々視察に来るマフィアの幹部からも重宝されている。
とはいえ、こんなところにいる時点で、中身はお察し。
ブラック工場に私という若い女が偶然、まぎれ込んだことに気づき、すぐ自分の物にしたことは、この工場の人間なら誰もが知っていることだろう。
「こっちに来い」
「はい」