【松】終身名誉班長とマフィア幹部と汚職警官から逃げたいんです
第1章 終身名誉班長一松
『班長』『班長だ』『松野班長だ』
との声に、慌てて周囲の者が立ち上がり、足で煙草をもみ消し、直立不動になる。
私は座ったまま、ボーッとしている。
そして複数の足音がし、数人の作業員を連れた男が現れた。
終身名誉班長、松野一松。
何だその肩書き、と最初に聞いた者は思うそうだけど、私は慣れちゃって、疑問に思うことも無くなった。
休憩時間の合間に現場を視察とは、相変わらず妙なところで真面目だ。
そうしているうちに、彼が私のいるラインに近づいてきた。
猫背に陰鬱な目。黒い作業服が似合っている。
「六番、立て!」
私のいるラインのリーダーが、私をどやしつけて立たせた。
私は機械につかまりながら、おっくうな思いで立ち上がる。
他の作業員に並び、直立不動で見ていると、リーダーが愛想笑いを浮かべながら、一松班長に作業の報告をしている。
班長は全く表情を変えずうなずき、次のラインに行くようだ。
……ん?
一松班長が私をチラッと見た気がした。そして後ろ手にした右手の人差し指をクイッと軽く動かす。
嫌だなあ。『終わったら部屋に来い』という合図だ。
面倒くさい。見なかったフリをして、タコ部屋の固いベッドで寝ていたい。
でも命令を無視したら、後で厄介だ。なにせ『闇班長』のあだ名があるくらいの人だし。
以前に呼び出しを何度か無視したとき、作業中に理由をつけて荷物置き場の裏に連れていかれ無理やりヤラれた。
しかも終わってそのままラインに戻された。
あのときは本当に地獄だった。
私はため息をつき、去って行く猫背を見送った。
しばらくしてジリリリリ!!とけたたましいチャイムがした。
私も他の作業員たちもゾンビのようにノロノロと作業ラインに戻る。
そして耳が痛くなる音量の作動音がし、ベルトコンベアがゆっくりと動き出す。
私はぼんやりとしながら、果てることの無い部品の波に手を伸ばした。