【松】終身名誉班長とマフィア幹部と汚職警官から逃げたいんです
第3章 マフィア幹部カラ松
そこで顔を上げたのがマズかった。
途端に一気に現実に戻される。
鏡に映るのは、作業服の薄汚れた貧相な小娘。
何こいつ。何、こんな富裕層向けのスイートルームに紛れこんでんの?
場違いなの、気づかないの?
ど、どうしよう。工場のすごく汚い作業靴で最高級じゅうたんの上を歩いてた!
じゅうたんとか汚れてないかな。いや汚れてるよね。クリーニング代とか払うべき!?
どこか触ってないかな、汚れてないかな。
掃除用品とか貸してくれないかな。ああああ、どうしよう……!
「気に入ったか? 子猫ちゃん」
気がつくとカラ松さんが横に立っていた。
カラ松さんは、この部屋になじんでる。スーツもサングラスも何もかも。
何で横にいるのが、究極の美女で無くて私なのか。
劣等感を飛び越え、心底から不思議だった。
「もうすぐディナーの準備が整う。一度バスルームに入ろうか」
あー、そうですね。私、ちょっと匂うかもだし。
しかしその前に、空腹と喉の渇きが限界だった。
今なら風呂場の水も飲んでしまいそうだ。
「あ、あの……何か、た、食べたいんですが……」
やっとそれだけ言えた。
「お腹が空いたのか? ハニー」
カラ松さんは優しく私を見下ろしている。
私はチラチラチラっと、デスクの上に置かれたチョコレートを見ながら、
「その、実は……昨日のお昼から何も食べてなくって……お水も一杯くらいしか……」
「そうか、可哀想に。じゃあ、先にシャワーに入ろう」
え。可哀想なら、先に何か食べさせてくれても……お水だけでもいいんで。
けどカラ松さんの言うことなら従うしかない。
ちゃんと身体を洗って、ソファに身を横たえたい衝動もあるし。
私は仕方なく、カラ松さんについていった。
ガラス張りのシャワールームに湯気がもうもうと立つ。
頭上のシャワーヘッドから、お湯がざあざあと降り注いでいる。
「んー……ん……」
「ほら、口を閉じて。シャワーの湯を飲んではいけないよ」
カラ松さんは私を後ろから抱きしめ、口をしっかりふさいでくれている。
いや、そこまでして妨害するなら、入る前に何かくれてもいいのでは。