【松】終身名誉班長とマフィア幹部と汚職警官から逃げたいんです
第3章 マフィア幹部カラ松
部屋でやっと遮音ヘッドフォンを取ってもらい、目隠しと手首の戒めが外される。
……この状態でフロントからここまで来てます。
どう見られてるか、もう考えないことにしよう。
「我慢したな。子猫ちゃん。もう目を開けていいぞ」
カラ松さんに言われて目を開ければ、そこはブラック工場とは別世界。
エグゼクティブクラス向けの最高級スイートだった。
『ホテル』という言葉を飛び越えた、豪邸並みの広さ。
大きな窓からは宝石を散らしたような夜景がパノラマで見えた。
……ホテルの場所を知らせないため、目隠しとかしてきたのでは。
まああまり突っ込まないでおこう。カラ松さんだし。
「安いプレジデンシャルスイートですまないな。だがいつものビジネスルームよりいいだろう」
とカラ松さんが言う声が聞こえる。
いつもは広いけど簡素なダブルルームだった。
今回は趣向を変え、本気で良い部屋を取ったらしい。
しかしブラック工場の無機質な風景に慣れすぎた身に、色彩の洪水は刺激すぎた。
許可を取らずにフラフラと室内を歩き出せば、足首まで埋まるじゅうたんの感触。
テーブルには大きなフラワーアレンジメント。
ここホテル? 絶対に邸宅でしょ? 天井の高さが二階分くらいありますよ?
いや違う、二階がありますよ! ホテルなのに!
本棚には難しそうな洋書や実用書がびっしり。
ホテルに何でグランドピアノがあんの。何でキッチンがあんの!
書斎とか、トレーニングルームまであるんですけど!?
ソファからランプからシャンデリアから壁の絵画から、素人目にも最高級品と分かる。
あ、デスクの上にミネラルウォーターとウェルカムチョコのお皿!……喉がゴクッと鳴ったけど、触ったら料金が発生するのかなと思うと、手が出せない。
そのまま誘われるようにパウダールームに入ると、至る所に惜しげも無く大理石が使われ、顔が映るくらい磨き上げられていた。
置かれたレディースアメニティグッズはホテルの銘入りの本格物。
しかも小瓶では無くフルボトルサイズ。
も、もしかして全部持って帰っていいのかな?
いやいや。包装を解くのも申し訳ない。私は触れるのも気が引けて後じさり。
そういえば顔くらい洗いたいな。工場はホコリっぽいし……。
そこで顔を上げたのがマズかった。