第1章 FIRST AND START
俺は、無意識に見ていたんだと思う。
「お、お詫びに良かったらどうぞ」
「えっ?あ、それは……あんたに悪い」
女は、俺に弁当を差し出した。複雑な表情はしていなくて、本心からの気持ちの様だ。
「本当に……いいのか?」
「はい」
俺は少し思案しては、女の弁当を受け取った。
「あ、すみません……お弁当箱だけは、返して頂きたいのですが」
「そうか……なら、明日の昼にここでいいか?」
「はい。大丈夫です」
俺は、飲み物を買っては空いた教室で弁当を開けた。1番に卵焼きを食べる。
「……旨い。あの味だ……」
つい、口元が緩む。しかし、そこで気付く。幻の味には、代わりないことを。
もう、次の機会はない。名前も知らない女の手料理を食べていることもどうかとは思わなくもないが……。
やはり、焦燥感は否めない。
「あ、朔良。来てたんだな。って……その弁当は?」
「ちょっとな……」
「ふ~ん。で、その女の子って可愛いのか?」
俺は芹の問い掛けに、フト思案する。確かに……見た目は悪くない。
「朔良のファンか?」
「嫌、俺のことは知らない様だ。騒いだりもしないし、特別視もしなかったから」
「その弁当……この前のか?朔良、一口くれ!」
俺は芹の言葉を無視する。只でさえ幻の味なんだ。
前回は、勝手に唐揚げを奪われた。芹も、あの女の味を知ってしまった一人だ。
しかし、芹にはあのことは話していない。きっと、聞いたら笑うだろうからな。
「あら、朔良ちゃんにせーちゃん。今日は、二人揃っているのね」
「榛も見てくれ。朔良がファンから差し入れ貰って、食ってんだぜ。珍しいと思わないか?」
「まぁ、朔良ちゃん。それは素敵。なぁに、凄く美味しそうじゃない。あれ?何か、見たことがある様な……」
宗が、思案している。
「二日前にも食べていたヤツだ。あの唐揚げ、旨かったなぁ」
「だから、ファンじゃないって言ってんだろ。ちょっと、諸事情があっただけだ」
「諸事情?そのわりに、拘ってないか?」
そりゃぁ……幻の味だからな。同じ大学とは言え、お互いの名前も知らない同士だ。
「……うるさい」
完食しては、食後の一服。本当に……旨かった。もう……食えないのかと、残念さが込み上げる。