第1章 S
「あの…」
テーブルに並べてあるのは、大量の料理。
「こんなに食べるんですか?」
志季は唯愛の母に向かってそう言った。
「えぇ。お腹空いてるもの。」
今、二人がいる所はというと、唯愛が住んでいる場所から近い、喫茶店だ。
「で。話とは…?」
「ん?唐突に聞くけど、あの子と結婚する気なの?」
母は食べながら話を進めた。
志季はいきなり過ぎて、珈琲を吹き出しそうになっていた。
「あの方とはそういう関係では無い。貴女は誤解してます。たまたま回覧板を渡しに行った時に…。」
「そんなに関係がバレたくないの?」
母は笑ってはいたが、冷静だった。
「そんなことは。仮に結婚するなら、俺の方から話してる。そもそも、あの方と知り合ってからまだ1時間もたってない。急に結婚の話に進む訳が。」
「あの子、父親が居なくてね〜。小さい頃から苦労してるのよ。」
急に語り始めた母に志季はハッとなった。
「大切にしてほしいの。もし、そういう関係でなくっても、そういう関係になってほしい。ほら、貴方、悪い人じゃ無さそうだし。」
「娘さんをご心配されてるんですね。しかし、その気が無かったらそういう関係にはなれない。」
すると、母の表情が変わった。
志季に近づいてコソっと話す。
「キス一つもしたこと無さそうなあんたには無理ってことね。思い知ったわ。」
志季の表情が怒りへと変化する。
志季は負けず嫌いなのだ。
「なんだと。仮に、今貴女にして魅せましょうか?」
母は驚いた顔をしていた。
「私も長年キスなんてしていないわ。夜のお店で水商売をしていたって言っても数年で辞めてしまったもの。
嘘よ。年下でかわゆそうなあんたに、されてたまりますか。」
母は再度ニコっとした。
それでも志季は顔色を変えなかった。
本気でするようだった。
一人の女は、一人の男に…。
終には、甘い香りに誘惑された。