第1章 S
「匂うつもりはなかったの。ただ、服を持ち上げたらいい香りがしたから。」
私は言い訳をした。
「お前はもっと…素直になるべきだ。」
「素直…?」
“どういう…意味?”
「誤魔化してばかりじゃなくて、もっと思ったことを言ってみろ。もしかして、仕事でもそうやって誤魔化してるのか?違うだろ?ちゃんと思ったことを話して、相手にぶつけてみろ。そしたら、お前の立場、印象が変わるはずだ。」
志季さんは真面目な顔をしてそう言った。
私の知ってるいつもの顔だった。
仕事をしている時の顔。さすが、リーダーだ。
「……うん。」
“思ったことを言うのも大切だけど、さっきみたいな恥ずかしいこと、言えるわけないじゃん。”
私はそう思いながら渋々返事をしたのだった。
「それでいい。」
志季さんは私の頭に手を置いた。
また顔が熱くなってしまう。
「志季さん…。」
「あ。」
志季さんは思い出したかのように話始めた。
「そういえば、何故俺の名前…知ってるんだ?」
「それは…志季さんのファンだから。」
「俺の…ファン。」
「SolidSのこと、知ってます。CDも買って、SolidSが載ってる雑誌は必ず買ってるし、グッズとかも…色々。」
「なるほど。だからか。俺のこと、色々知ってるのか?」
志季さんはどこか不安げな顔をしていた。
「雑誌とかネットに載ってるあることならそこそこ。あ、でも知らないこともまだまだあると思う。」
さっきみたいな強引で激しくてSっ気のある志季さんは見たことがない。
「俺は……お前のことを全く知らない。わからない。」
急にどうしたのだろう。
「そりゃそうじゃないかな。どうしたの?」
「俺は、お前のこともっと知りたい。もっと知って、ちゃんと対等になれるように。」
恋人同士が話す会話だと思った。
何が起こっているのか、収集がつかない。
「どういうこと?」
「俺はお前と正式にお付き合いがしたい。」
志季さんは真面目に話していた。
「……それは駄目だよ。だって志季さん、恋愛禁止じゃ…」
そう言いかけた瞬間、抱きしめられた。
熱のせいで少し火照っている身体を私は支えた。
「そんなこと、考える隙もない程、お前を好きになってしまった。お前が欲しい。」
「私も、志季さんが欲しいけど…」
気が付いたら夜はすっかり明けて、清々しい朝だった。