愛の唄 【Fate/GrandOrder 天草四郎】
第4章 愛の唄 Ⅲ
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非日常が、繰り返される日常に上書きされて、記憶の隅へと追いやられたとしても、決して消え去ることはない。ひと月が経った今も、私はふとした瞬間に、あの“彼”を――――――、“天草四郎”を名乗った不思議な“彼”を思い出すのだ。私の部屋から出ていった彼は、今頃は何をしているだろうか。あの傷は塞がったのだろうか。結構食欲旺盛なタイプらしい彼が、空腹のままいたりはしないだろうか……。ふいに、そんな考えが頭をよぎることがあるのだ。
仕事が終わり、帰宅した。寝るまでに、少しだけ時間がある。
そう言えば、“天草四郎”について、私は詳しいことなど何も知らない。学校で少し触れられる以外の知識など、なにひとつ持ち合わせていない。
ふと、携帯端末に手を伸ばし、その名前を検索してみた。流石は歴史上の人物で超有名人だ。その名前を入れれば、多くのページがヒットする。端末に表示された肖像画の彼を見て、そのあまりの違いに吹きだしてしまった。「実物はもっと美少年? 美青年? だったよ」、などと端末の画面にひとりでツッコミを入れてしまった。しかし、“天草四郎”の関連ページを読み進めるにつれて、そんなのほほんとした気分は、急激に醒めていった。
天草四郎時貞。江戸時代初期に起きた一揆、島原の乱で、指導者を務めた少年。比較的裕福な家庭で育ったらしい彼は、教養を身に付けられる環境にあったらしい。そんな彼だが、「盲目の少女に光を取り戻させる」「他人の傷を癒す」「水の上を歩行する」など、様々な奇跡を起こし、後にそれは伝説となった。当然、当時の人々からも熱心に崇められることとなった。やがて、不思議なカリスマ性を備えていた天草四郎は、一揆の最高指導者として奉られ、江戸幕府への反乱軍が組織された。当時、キリシタン弾圧だけではなく、人々は重税にも苦しめられていた。江戸幕府は討伐軍を派遣したものの、返り討ちにされたことにより、本格的に乱を鎮圧するに至った。江戸幕府側の総大将であった松平信綱は、原城に立て籠った一揆軍を兵糧攻めに持ち込んだ挙げ句、食料や弾薬が尽きた頃に総攻撃を仕掛けた。そうして、天草四郎率いる一揆軍は皆殺しにされた。一揆軍の総数は3万7千人とも言われており、天草四郎本人も斬首刑となったらしい。この時、天草四郎本人は、わずか16歳だったとも、17歳だったとも言われている。