第9章 I can smell.
「団長、本当に大丈夫ですか?もうお休みになっては…?」
一抹の寂しさか、はたまた過去の懐かしさか。俯き考えこむエルヴィンを、ナナバは心配そうに覗きこむ。
「ん、あぁ、いや、すまない」
「匂い…だったね。さ、これでいいかな」
エルヴィンは静かに首を傾け、ほんの少し、襟元を広げてやる。
と、ナナバは空いた手をエルヴィンの肩に添え、なんの躊躇いもなく正面から体を寄せる。
ふんふん
まるで小型犬のように、可愛らしく鼻を鳴らすナナバ。
(くすぐったいな…)
(いやそれよりも、なんて……)
無防備な姿。
ナナバは何の危機感もなく、エルヴィンとの距離を詰めては首筋から匂いを確かめている。
(これは…)
あまりにも近い。上がる踵に、抱きつかれているような錯覚に陥る。
「団長…」
「ん?」
「甘い香りがしますね。なんだろう、花の香りかな…」
「!!」
まさか、そんなはずはない。
好んで使っているのはシプレ系だ。それもかなり控え目にしている。
「かなり濃くて…でもしつこくもなくて…。団長のイメージからは意外ですけど、とてもお似合いです」
「……ナナバ、君は」
ハンジの講釈を聞いたことがあるのか?そう尋ねたかった。が
「あ、私の匂いですか?」
どうやら、言葉尻を違う意味でとらえられたようだ。
「どうぞ」
そう言っては半歩引き、さりげなく首を傾ける。エルヴィンの肩に添えられた手はそのままに。
(いや違う…そうでは……)
そう口を開こうとするが、すぐ目の前には彼女の首筋が無防備に曝されているではないか。
…気付けば、エルヴィンはナナバのそこに鼻を寄せていた。
(…!!!)
(なんだ、これは……)
未だ経験した事のない匂い。
甘くむせ返るような、しかしながら不快感は無く、じわじわと脳髄の奥の奥まで沁み込んでくるような…
「団長、くすぐったいです」
くすくすと笑って言うナナバにはっとすれば、寄せていた鼻先が彼女の首筋を掠めていたことにエルヴィンはようやっと気付く。
「あっ、す、すまない…!」
「いえいえ。ちょっと珍しい団長が見られて得しちゃいました」
「それではそろそろ、失礼しますね。紅茶ありがとうございました」
そう言って部屋を後にする彼女の笑顔は、この上なく可愛らしかった。