第9章 I can smell.
「あれは、会いに行ったね。確実に」
(羨ましい…)
モブリットがそう思い、ふと顔を伏せれば空になったお菓子の袋が目に入る。
「あの、これ…」
「あ、ごめん。全部食べちゃった」
口の端に食べかすをつけたまま『また買ってくるよ。ごめんね』とハンジは眉尻を下げる。
「今度は一緒に食べよう。丁度紅茶も沢山あるし」
「!!、はい…!」
「モブリット、君も大概、大事にされているな」
エルヴィンは優しげに声を掛けては、そろそろ冷めてきた紅茶を一口含む。
「いえ、あの、何というか…」
「おい、エルヴィン」
「ん?」
リヴァイは二杯目の紅茶に視線を落としたまま、まるで慰めるかの様な声音で続けた。
「お前は諦めろ」
「っ!ごほっ、なんだ、突然…」
思わず、二口目を吹き出しそうになる。
「"あれ"を見て…、勝てると思うのか?」
「あれ…?」
「どうみても発情期だろうが」
「あぁ、確かに。そうかもねぇ」
何かに合点がいったのか、それとも何かに満足したのか、ハンジは大仰に数度頷いてみせた。
「エルヴィン、発情期の雄は手強いよ?」
「二人とも、いい加減にしないか…」
(まさか…気付かれている、のか?全く、油断も隙もないな)
「モブリット」
「ひゃい!」
会話についていく、というよりも聞いているだけで精一杯だったモブリットは間髪入れずに返事をするも舌が回っていない。
「今の会話は他言無用だ。頼むよ…?」
「勿論です!!!」
「…君には気苦労ばかりで、本当にすまないね」
「さて、そろそろお開きにしようか」
最後の一口を飲み込み、エルヴィンは目の前の三人を順に見る。
「そうだね、ミケは戻りそうにないし…。あ、私、コレとコレ追加で貰っていこうかな」
「モブリット、これ美味しかったでしょ?」
「へ?」
「飲みながらにこにこしてたよ」
意外にも手際よく片付けながら、ハンジもにこにことモブリットに笑いかける。
「よし。それじゃ茶器は私とモブリットで持っていこう」
「テーブルはリヴァイ、よろしく。エルヴィン、残りの紅茶は適当に片しておいて」
こうして、お茶会は幕を閉じた。
(思いのほか、減らなかったな…)
エルヴィンの執務机の脇には、未だ多くの缶が背筋を伸ばし佇んでいた。