第9章 I can smell.
「そういえば、さ」
ずず、と一口紅茶を啜りながらハンジが口を開く。
「カリンってどんな匂いがしてるの?」
「…なぜ、気にする」
それは、明らかな嫉妬。
ハンジは女なのだから、そんな感情が湧いてくるなどおかしな話だが、如何せんカリンのこととなるとミケは我慢がきかないらしい。
「やだなぁ、そんな怖い顔しないでよ」
「ほら、ミケってあの子の匂いよく嗅いでるじゃない?初対面って相手でもないのに」
だから気になって。そう軽めに告げるハンジ。
「それは……」
その表情は彼にしては珍しく、恥ずかしげに伏せられた目尻がほんのりと朱に染まっている。
「…特別、なんだ」
(ふんふん、なるほどね…)
「あのさ、動物って発情期があるでしょ?」
突然始まったハンジ先生の授業。
しかもその内容が"発情期"ときたものだから、エルヴィンもリヴァイもぎょっとして目を見開く。モブリットも言わずもがな。
「まぁ、人間もあてはまるかどうかはちょっと定かではないけど」
「発情期には特別な匂いがするんだって。異性を誘う、ね」
「もしかしたら、ミケの特別って、それかもしれない」
なーんてね。とまた軽く告げれば、怪しげなお菓子を一口頬張った。
そして、もぐもぐとほっぺたを膨らませながら、『それが当てはまるとしたら、相当に相性いいってことだと思うよ』と付け足す。
(特別…、相性…)
カリンが感じた匂いも、そうだったとしたら…
会いたい。
今すぐ、会いたい。
ミケは執務机の背後にある窓を開け放つと、いつもと同じように鼻を鳴らす。
スンスン
(カリン…)
「一つ、貰うぞ」
そう言っては紅茶缶を手に取り、足早に部屋を後にした。