第9章 I can smell.
「分隊長、よろしいでしょうか…?」
「…あぁ、いつでもいいぞ」
カリンはゆっくりと、首筋に鼻を寄せながら目を閉じる。
両肩にかかるテンションと、じわじわと暖かくなる首筋。彼女が近付くのを否が応でも自覚させ、ミケの心臓の鼓動を早めていく。
(珍しく、表情がころころ変わるね)
先程の赤い顔はどこへ行ったのか。今のミケは何かを堪えるように俯き眉間に皺を寄せている。
くんくん
「…っ」
「ミケはさ、誰かに嗅がれたことあるの?」
「いや……、っ」
くん、くん
「お前達が、初めてだ…。…っ」
ミケはナナバの質問に答えるが、辛うじてなのが手に取るように分かった。
観察対象である眼前の上司は、時たまきつく目を閉じたかと思えばぱっと見開き、落ち着きなくきょろきょろと目だけで辺りを見回す。
(ふふ、可愛いとこあるね)
…相当に混乱しているのか。それとも、慌てているのか。
それは、普段の無口で淡泊な彼とは打って変わった姿。
そんなミケだが、観察されているなど思いもしない。
というより、自分のことでいっぱいいっぱい。
(……ナナバとは違う)
(カリンだとこんなにも、くすぐったいものなのか)
(それに、背中に…、…っ)
ミケは現状をどうにかするべく、体を捩ろうと試みる。が、意外にもカリンの力は強く、しっかりと彼の両肩を捕らえていた。
「…っ、…カリン」
なんとか声を絞り出せた。
くんくん
が、余程夢中になっているのだろう。
ミケの言葉を無視などしないカリンが、今の呼び掛けには無反応だ。
「おい、ナナバ……」
「ん?どぉしたのぉ?」
(あぁ、うん。中々にいい感じ?)
カリンはミケの首筋に張り付くようにして匂いを嗅いでいる。
…ミケの背中に、胸を押し当てながら。
(柔らかそう~、って本人は気付いてないね…)
(ミケにはご褒美になったかな?)
「ナナバ、どうにか…」
「ね、柔らかい?」
「お前は…!!」
驚き、何かを言おうとミケは二度三度口を開くも、ぱくぱくと動くだけで何も聞こえてこない。
(えーっと『分かってるならどうにかしろ』ってとこかな?)
ナナバはぺろりと舌を出す。
(残念でした)
(せっかくだもん。もう暫く、そのままでいてよね)