第1章 猫と団長と伝言ゲーム
「失礼します」
倒れたインク瓶を片付けていると、続いて現れたのはペトラ。
モブリットと同じく入室後に敬礼をする。
「楽にしてくれ」
そう言うや否や、窓辺にいた黒猫を抱き上げるとそのまま彼女へ渡す。
条件反射で受け取ったペトラの腕の中、黒猫は大人しく目を閉じた。
「あの、これは…?猫?」
大様にしてモブリットと同じ反応。
当然だろう、突然呼び出されて渡されたのが猫とは、何が起こっているのか理解出来ようはずもない。
「暫く預ける。いや、君に任せる。好きにしてくれ」
無責任なように聞こえるかもしれない。
しかし、好きにしていいと言ったところで悪いようにはしない。それは先程のモブリットも同様だ。
なぜなら、皆、優しい。
兵団内で面倒を見るにしろ、手放すにしろ、猫たちに不利益になるようなことは起こりえない。
「あの、団長が飼われている猫、でしょうか?」
私服のエルヴィンと猫。この組み合わせを見れば、誰でもそう思うのは無理らしからぬことだろう。
遠慮がちに尋ねるペトラに、黒猫の胸元を見るよう言うと、
「誰かに似ているだろう?きっとこちらも、かなりの毒舌だぞ」
そう冗談めかして言う。
まじまじと黒猫を見つめ『兵長…』とペトラは呟いた。その眼差しはとても優しい。
こちらもこのまま預けて問題なさそうだ。
尊敬する人物似だと伝われば、オルオもグンタもエルドも、きっと大事にしてくれるだろう。
さて、残るは…
机の下で様子を伺うミケに、これはただ渡すだけでは、と思案する。
「すまないが、見かけたらカリンに顔を出す様伝えてくれ。急ぎではないが必ず来るように、と」
こちらも『すぐに』と返事をするペトラ。
優しく黒猫を抱きかかえ団長室を後にする彼女を、エルヴィンはそっと見送った。