第8章 板の上の魔物[簓]
いつか有名なお笑い芸人が言っとったのを覚えてる。
天才になる為には、捨てないかんものが一杯あると。
彼は、私の知らないところでいっぱい傷ついたり、怒られたり、何かを捨てなくちゃいけなかったりしたんだ、多分。
彼はそれを隠したかったんだ。
お笑いのことを考える時間が他の人よりずっと長かったのかなって、思った。だから最近白膠木簓は天才だって聞くようになったのかなって、思った。
たくさんたくさん、独りで考えたんだろうなって思った。
「天才がどんなんなのかは知らんけど、」
天才だ、とは言いたくなかった。
手放しで天才と言ってしまったら、彼の努力や気持ちを無かったことにしてしまうと思ったから。
「白膠木簓…ささらくんはおもしろいよ。」
「ほん、と?」
ひとつずつ選びながらゆっくり、言葉を繋いだ。
「うん。本当。いちばん好きな芸人。」
彼の糸目が、こっち向いている。
上手くまとめられてるかな。
「ネタ面白いし、笑ってまうし。」
ささらくんのお笑いで好きなところを、ひとつずつ、繋げた。
オヤジギャグはむっちゃ寒いけど、使う言葉とか面白い。 話面白い。
どんな時も、笑ってしまう。
「ほんまに…?」
「うん。ほんと。」
時間はかかったけど、ちゃんと言葉にしたつもりだ。
「…うれしなぁ。」
そんな声が聞こえて嬉しくなって、頬が緩んでしまった。
「えっと、大丈夫と、思う。」
「…なにが?」
「えっと、大丈夫に、するって、いうか。」
実は知ってた。
躑躅森さんと解散した時のささらくんは、この世の終わりのような顔をしてたし、急に東京行っちゃったし。力になれんかったって、落ち込んだ。
でも、彼は隠したがるはずだから。
ずっと友人だった私は、それくらい分かってるから。
私の大切な友達のためだけに、彼だけに届くように、言葉を探した。
「……簓くんはプロなんやなぁって、改めて思った。」
「プロて、」
「あの、ね、とりあえず私は、簓くんがどんななっても簓くんの友人だし大好きだし、ファン、だよ。少なくとも、絶対。だから、その、簓くんは安心して、お笑い、してて。」
「安心…?」
「うん。そんな、感じ。」
真剣に言っていたのに、ささらくんは私の顔を見て笑った。
素敵にカラカラと、笑ってくれた。
つられて私も、笑ってしまった。