第8章 板の上の魔物[簓]
「んまぁー。」
ささらくんの熱は大分良くなっていて、彼はご機嫌にみかんゼリーを食べていた。
さっきのことは、全く記憶が無いらしい。
私がいつ来たか知らんし、なんで居るんかも分からんらしい。なんやねん。
「食べたらちゃんと寝て。」
「分かったおかん。」
「君産んだ覚えないわ。」
ささらくんがボケたのでいつも通りツッコんだ。これでも高校の頃からの仲やからなぁ。
熱に浮かされてたさっきのこと、ささらくん覚えてなくて本当に良かったと思った。きっと恥ずいんやろなって思うし。なんかようわからんけど、ささらくんの深層心理的なことやろうし。
考え事していたら、まじまじささらくんのこと見詰めてしまってたみたいで、ささらくんは、なに、とこっちを向いた。
「なぁ……俺なんか変なことでも言ったん?」
「んー………ううん…」
「なんや今の間は!あかぁん!」
隠し事が下手くそすぎたせいか、即バレた。
もっと嘘を練習しておけば良かった。
「えっと…ふむって感じ…。」
「ふむ…てなに、やっぱ言ったんか」
「ささらくん、頑張ってるんやなぁってだけ!好きな人のこととかは、言ってない。」
気を使う部分を間違えたらしく、私のフォロー虚しくささらくんはめちゃくちゃ焦った顔をしてた。
焦った顔、珍しい。
「それでつむぎは、俺のお笑いでまだ笑える?」
「はへ、」
予想してなかった言葉に、変な声を出してしまった。
「大変って、知られたないんや。だって俺は、お笑い芸人なんやもん!」
口を開けてぽかんとしてしまった。多分外から見たらまさにあんぐりって感じ。
ささらくんの声にもびっくりした。風邪ひいてるのによく通るいい声だった。
びっくりして、それから、気がつく。
芸人はイメージ壊すことやっちゃだめって、どっかの記事で読んだ気がする。めちゃくちゃ苦労してますとか、辛い思いしましたとか。そんなこと知ったら、その人の芸をそれ込みで見てしまうんやって。
すぐには理解出来なかったけど、もしかしたら彼にとっては笑えんのが、1番怖いことなのかもしれない。
そうやったんや。
初めてわかった。
「そっか。ささらくん、お笑い芸人、か」
こういう時なんて言っていいのか分からなくて、なんかバカっぽいこと言ってしまった気がする。