第8章 板の上の魔物[簓]
でっかいタワマンの下で、私は彼の部屋の呼び鈴をならした。
風邪ひいてるなら、もしかしたらこの呼び鈴にも答えないかも。寝てて苦しいから、きっと。たぶん、普通の人なら。というか病院行ってるかも。
『ぁい、どぢらざん…?』
「わ…声かっすかすやん。」
ささらくん、出た。
思ってた以上に声ガラガラや。ガチガチの風邪。病院行かんのかな。
でも、居留守しないのがやっぱりささらくんらしいのかもと思った。どこまでも良い人やなぁと、いつも思う。
『ぁ、れぇ?らんで?』
「らいん。みた。あけて。」
『ぅん…?…わがっだぁ、あげどぐ』
思いのほか、死にそうになってた。
慌ててエレベーターに乗って彼の部屋へ急ぐ。
扉を開けたら、もっと悲惨やった。
カーテンの閉め切られた真っ暗な部屋で、ささらくんは布団にまるまってばったり倒れてた。
「うわあかん、ささらくんが死んじゃう。」
「死ぬどが、いわんどいでぇ」
ささらくん半泣きやぁ、と呟きながら靴を脱いだ。いや、半泣きというか、半死に。
「なんで床で寝てんの?」
「いんだーほん…ごご…」
「わ…それはごめんなさい。」
死にそうなささらくんは、死ぬのは嫌や、職を失う、怖い…とうわ言を吐きながらごろごろ床に転がってる。
「床に寝てたらゴリラでも死ぬよ。ほれベッドもどって。」
「ゴリラ…ぁ、そっかぁ。げんきかなぁ……」
変なこと言ってるささらくんにちょっと肩をかす。ちょっとふらふらしたけれど、ベッドにドサッと落とすことに成功した。「うっ」と苦しげな声が聞こえたので看病的には失敗。
「…あれ?なんでつむぎいるん?」
「今か。重症やぁ。」
「さっきまでの記憶ないわ。え?」
真っ赤な顔のささらくんのデコにビターンと冷えピタを貼った。ひょぇって変な声出てた。
「ポカリ買ってきたよ。あと薬も」
「あー、らいんかー。まちがえたぁ、あぁ、やっでじまっだなぁ。まぁええがぁ。なんも考えられんわぁ」
「あんま喋らん方がええ、よ。」
「ごめんなぁ、やっでしまっだぁ。」
やってしまった、かぁ。
成り立たない会話をしながら袋からポカリを出し、ベッドの隣の棚に置いた。
「とりあえずなんか作ってみる。」
「ごめん、ほんまに、つむぎ、」
ささらくんは寝るまでずっと、そんなうわ言を言ってた。