第7章 暁の蛇[善逸]
目を覚ますと、まだ日は昇っておらず真っ暗なままだった。
私は寝坊をしなかったこと、またしっかりと起きることが出来たことに、少しほっとした。
寝巻きを着替えて、顔を洗って、朝御飯の用意をした。
朝御飯のいい匂いがし始めた頃、ぽんと肩を叩かれた。
振り向けば善逸さんが居た。彼が、「おはよう」と言ったのが見えて、嬉しくなった私はにまぁっと頬を緩めて、
「おはようございます。」
と、言った。言ったつもり。
善逸さんがご飯を食べている間、私はお掃除をした。
いただきますを言って、彼が幸せそうな顔をしたのは見届けた。嬉しいんだもの。
私はほっとして、そして、また胸が苦しくなった。
楽しければ楽しいほど、嬉しければ嬉しいほど、行って欲しくなくなる。引き止めたく、なってしまう。
箒を持つ手が震えた。涙が、ぽろっと零れた。
箒を置いて必死に涙を拭った。それでも溢れるのは止まらなくて、私はゆっくりしゃがみ込んだ。
今日はなんだか酷く、淋しい。
流れる涙はぽたりぽたりと廊下にしみをつくる。
いけない、いけないのに。私の仕事は。
後ろからぽんと、肩を叩かれた。
はっと振り向けば、彼は心配そうにこちらを覗いていた。心配そうに、あわあわしていた。
「ど、どどど、どうして泣いてるの?」
そう言った彼の口の動きを見ると、いっそう涙が溢れてくる。そんな私を、彼はもっと心配そうにしていて。
「すみません、ごめんなさい、なんでもないんです。」
そう言って私は顔を伏せた。
善逸さんの顔は、見えなくなった。何を言ってるのかは全くわからなくなった。
必死に涙を止めようと息を止めていると、ふっと耳が塞がれた感覚がした。目を開いて前を見ると、そこには優しい笑顔をした善逸さんが居た。
「俺の音、聴こえる?」
優しく、真っ直ぐで、一生懸命な音がした。
流れている音、何かが動く音。
善逸さんの中に流れている、彼の中で動いている、命の音。
私はいつの間にか泣くことを忘れていて、ただひたすらその音を聞きたくて、私はゆっくり目を閉じた。